山のうた、三十四。
やま
『草木塔』七百一句のうち、三十四句に。
- 分け入つても分け入つても青い山鉢の子
- 山の奥から繭負うて来た鉢の子
- しぐるるやしぐるる山へ歩み入る鉢の子
- また見ることもない山が遠ざかる鉢の子
- すべつてころんで山がひつそり鉢の子
- 枯山飲むほどの水はありて鉢の子
- 物乞ふ家もなくなり山には雲鉢の子
- あるひは乞ふことをやめ山を観てゐる鉢の子
- 山のいちにち蟻もあるいてゐる行乞途上
- かすんでかさなつて山がふるさと行乞途上
- ほととぎすあすはあの山こえて行かう行乞途上
- 山のあなたへお日さま見おくり御飯にする山行水行
- 焚くだけの枯木はひろへた山が晴れてゐる山行水行
- 酒をたべてゐる山は枯れてゐる山行水行
- 山から山がのぞいて梅雨晴れ山行水行
- 夕立晴れるより山蟹の出てきてあそぶ旅から旅へ
- 昼寝さめてどちらを見ても山旅から旅へ
- 旅はいつしか秋めく山に霧のかかるさへ旅から旅へ
- よい宿でどちらも山で前は酒屋で旅から旅へ
- 山ふかく蕗のとうなら咲いてゐる旅から旅へ
- 山しづかなれば笠をぬぐ旅から旅へ
- まこと山国の、山ばかりなる月の旅から旅へ
- 山から白い花を机に雑草風景
- ふるさとはあの山なみの雪のかがやく柿の葉
- 山のふかさはみな芽吹く柿の葉
- 柚子の香のほのぼの遠い山なみ柿の葉
- みんな出て征く山の青さのいよいよ青く銃後
- 播きをへるとよい雨になる山のいろ孤寒
- ビルとビルとのすきまから見えて山の青さよ旅心
- 人に逢はなくなりてより山のてふてふ旅心
- うららかにボタ山がボタ山に旅心
- 山からしたたる水である鴉
- 日が山に、山から月が、柿の実たわわ鴉
- 山のしづけさは白い花鴉
『草木塔』の巻頭句「分け入つても分け入つても青い山」の山である。行乞の旅はいつも山のなかにあり、山は越えるべきものであり、修行の場であり、「かすんでかさなつて山がふるさと」と詠むよるべでもあった。おもしろいのは、山頭火の山がほとんど名前を持たないこと。富士でも阿蘇でもなく、ただ「青い山」。どこの山でもないから、読む人それぞれの山になる。晩年、東京に出たときでさえ「ビルとビルとのすきまから見えて山の青さよ」と、都会の谷間に山を見つけてしまう人だった。